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大阪高等裁判所 昭和50年(ラ)107号 決定 1977年3月25日

抗告人 合名会社臼杵積善社 外一名

相手方 田淵こと鈴木喜久江

主文

原決定を取消す。

本件を神戸地方裁判所篠山支部に差戻す。

理由

一、本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

仮処分決定により、合名会社の代表社員の職務執行を停止し、その停止中代表社員の職務の代行者を定めた場合に、右仮処分は民事訴訟法七六〇条による仮処分であつて代行者が右仮処分の効力として代表社員の職務をとるのは、右仮処分決定の執行に外ならないから、代行者の報酬及び必要な費用は仮処分決定の執行費用たる性質を有し、その負担については民事訴訟法五五四条が準用され、右規定に従い仮処分の当事者がこれを負担するものと解すべきであり、右仮処分により選任された職務代行者の報酬及び必要な費用については民事訴訟費用等に関する法律(以下費用法という)二〇条一項、二六条の規定が準用され、職務代行者は報酬及び必要な費用を裁判所に請求することができ、裁判所は右請求により報酬及び必要な費用を支給するが、その報酬及び費用の額は裁判所が相当と認めるところによると解するのが相当である。そうして、右報酬及び必要な費用が仮処分決定の執行費用である以上、費用法一一条一項一号、二項、一二条が準用され、その給付に相当する金額を執行の申立人である仮処分債権者が納めるものとし、裁判所はあらかじめその費用の概算額を仮処分債権者に予納させなければならず、給付義務が生じたときは予納金から支出しなければならないものというべきである。

本件記録によれば、神戸地方裁判所篠山支部は、債権者相手方鈴木喜久江、債務者抗告人合名会社臼杵積善社ならびに同臼杵好秀間の同庁昭和四六年(ヨ)第二号代表社員の職務執行停止並に職務代行者選任仮処分申請事件につき昭和四六年七月五日「臼杵好秀は合名会社臼杵積善社の代表社員の職務を執行してはならない。右職務執行停止期間中阿部甚吉をして右合名会社の代表社員の職務を執行させる。」旨の仮処分決定をしたこと、更に同裁判所は同庁昭和四六年(モ)第四号仮処分異議事件につき昭和四八年二月七日右仮処分決定を認可する旨の判決をしたこと、ついで大阪高等裁判所は同庁昭和四八年(ネ)第二二五号仮処分異議控訴事件につき昭和四九年三月一五日事情変更を理由に右仮処分決定を取消し、仮処分申請を却下する旨の判決をしたこと、阿部甚吉は昭和四六年七月五日から同四九年三月一五日まで右会社の代表社員の職務を執行したこと、債権者相手方鈴木喜久江は執行費用として三〇万円を予納していること、右阿部甚吉は昭和四九年四月一七日および同五〇年二月一三日原裁判所に右執行にかかる報酬及び必要な費用の決定を求める旨の申立をなし、これに対して原決定がなされたこと、以上の事実を認めることができる。

そうすると、原決定のうち職務代行者の報酬及び必要な費用の負担を命じた部分は法令の根拠に基づかないものであるから違法として取消しを免れないし(民事訴訟法一〇〇条の準用による決定とみることもできないし、費用法一四条、一五条による取立の決定とみることもできない。費用法一四条、一五条はすでに給付した費用の取立てを定めたものであるからである。)、また報酬及び必要な費用額を定めた部分は費用法二〇条、二六条の準用による決定と解されるが、まず報酬において代行者としての職務執行期間外の報酬を含んでいる点で違法であり、必要な費用において前同期間外の支出(昭和四九年六月より同五〇年二月までの分)が代行者として職務執行中の所為に基づくものであるかにつき記録上なお審理不十分の違法が認められ、ともに取消しを免れない。

よつて、原決定を取消し、本件は右の点についてさらに審理を尽くす必要があるから原審に差戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判官 白井美則 光広龍夫 篠田省二)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定を取消す旨の裁判を求める。

抗告の理由

第一神戸地方裁判所篠山支部は同裁判所昭和四六年(ヨ)第二号仮処分事件につき同裁判所の選任した合名会社代表社員職務代行者阿部甚吉からの報酬及び費用決定の申立に対し、本決定をもつて仮処分当事者に負担及び負担額を決定した。

しかし右決定は次のとおり違法である。

一 右決定には理由の記載がない。

二 同裁判所は本決定の前文において「職務代行者の費用決定の申立に基いて本決定をする」旨述べている。而してその申立とは右代行者の昭和四九年四月一七日附申立書による申立であるところ、同申立が民訴五五四条を根拠条文としていることは同申立書の記載から明白である。

しかし同条は執行費用の負担者を定めた規定である。

そして同条によつて費用償還請求権を有するとされた者は同法一〇〇条に基きその額の決定の申立ができるのであるが、その執行費用額確定の申立は、当該債務名義の当事者及びその承継人に限られ、第三者たる代行者にはないこと明らかである。

職務代行者は同法第五五四条を根拠に報酬及び費用決定の申立をすることはできないし本件申立を同法一〇〇条に基く執行費用の申立と解釈するとしても同人にその申立権はない。従つていずれにしろ代行者の右申立は不適法といわなければならない。

三(1)  代行者が報酬等を請求しうるのは「民事訴訟費用等に関する法律」による以外はない。

即ち株式会社取締役等の職務代行者は同法二〇条一項の民事訴訟等に関する法令により命ぜられた広義の管理人とされているのでこれを類推して本件の如き合名会社の職務代行者も同条により裁判所(国)に対し報酬を請求し同条の規定に基いてのみ支給されることとなる。

即ち職務代行者は同条により裁判所に対しその報酬及び費用の請求をすることができ裁判所は同法第二六条に基き相当とみとめる額を決定し、予納があるときは予納金から予納がないときは国庫において立替払をすることとなる。

(2)  ところでそもそも代行者の選任の申立をする場合、申立人は申立によつてする行為に係る費用についてはこれを納めなければならないことになつており(同法一一条一項、二項)裁判所はその者にその費用の概算額を予納させなければならないのである。(同法一二条一項)

そして裁判所は申立人に予納を命じ、もし予納命令に応じなければ当該費用を要する行為を行わない不利益をおわせることができるのである。(同法一二条二項)

即ち裁判所は申立人に予納させ代行者に対する報酬等の支払の財源を確保した上で代行者を選任すべきであつて同法一二条で「予納させなければならない」とされている趣旨はまず裁判所に費用を予納させる権限を付与するとともに、費用を要する行為をする場合には裁判所がその権限を行使して当事者等から費用を予納させる職責をおう旨を明らかにし、裁判所がする給付にあてるべき資金の確保と裁判の公正な運営をはかることとされたものである。

このことは当事者の衡平の見地からも申立の乱用を防ぐいみからもかく取扱われるのが相当であり、実務上もそのように運用されているのである。従つて代行者からの報酬及び費用の支払の請求があれば裁判所(国)はその支給額をきめ、右予納金から支給するのであり、かつそれで足る。

ところが本件代行者選任の仮処分に際し、神戸地方裁判所篠山支部は、右の如き法令に反ししかも通常の取扱に反し申立人に費用を予納させないで代行者を選任するという全く異例の措置をとつた。ために、代行者の報酬請求に対し支給額を決め予納金から支払うことができないため、本決定の如く仮処分当事者に負担や負担額を命ずるが如き措置をとる結果となつたのであるが本決定の如き決定をすることは全く法令の根拠を欠く違法な措置であり許されない。

(3)  ところで予め、申立人に予納をさせなかつたような本件の如き場合は代行者からの報酬請求があれば裁判所は代行者に対しこれを自ら即ち国庫より立替支給する他はない。そして裁判所(国)が立替払をした場合、裁判所(国)は本来の費用の納付義務者(本件では右仮処分事件の申立人たる鈴木喜久江)から取り立てることができるばかりかそれ以外にも同法一四条により「同法一一条一項の費用で予納がないときは裁判・裁判上の和解、若くは調停によりこれを負担することとされた者、又は民事訴訟等に関する法令により費用を負担すべき者から取り立てることができる」のである。

而して、本件の場合、本来の費用の納付義務者は前記のとおり鈴木喜久江であるばかりか、次項第一の三で詳述するとおり本件は大阪高等裁判所の「本件仮処分決定を取消す、本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一審第二審とも被控訴人の負担とする」との判決の確定により代行者の報酬及び費用を広義の訴訟費用とすれば右裁判により負担者が鈴木喜久江にきまつたのであり、仮に執行費用とすれば右判決により債務名義が遡及的に効力を失つたため、民訴五五四条二項の規定により同じく申立人鈴木喜久江の負担ときまつたのである。従つていづれにしろ国は鈴本喜久江より右立替金を取り立てる以外にはないのである。

(4)  原決定は前にも触れたとおり如何なる根拠に基く決定であるかさえ明確ではないが、仮に原決定が職務代行者の「申立」を民事訴訟費用等に関する法律第二〇条第一項に基く「請求」と解した上で同法二六条に基いて承認した額の決定であるとするならば額の決定をすれば必要且つ十分であつて負担者を定めることはできないはずである。

また同法一五条第一項に基く決定をしたものであるとするならば同条は同法一四条によつて予納がないため裁判所(国)が国庫において費用を立て替え払をした後本来の費用負担者から国が取り立てる場合の規定であつて未だ国庫において立て替えていない本件で右規定に基く決定をすること自体許されず、しかも前述のとおり本件では費用の負担者は鈴木喜久江であつて同人に対し取り立て決定をするならともかく費用の負担者でも納付義務者でもない合名会社臼杵積善社にその負担を命ずることは全くの違法という他はない。

四 本件において代行者の報酬費用等の負担者は次のとおりすでに申請人鈴木喜久江であることが確定しているのであつて本決定の如く被申請人合名会社臼杵積善社に負担や、負担額を決めることは許されない。

(1)  本件の神戸地方裁判所篠山支部昭和四六年(ヨ)第二号代行者選任等仮処分事件は大阪高等裁判所が同裁判所昭和四八年(ネ)第二二五号仮処分異議控訴事件において昭和四九年三月一五日「本件仮処分決定は取消す。本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一審第二審とも被控訴人の負担とする」と判決し同判決はすでに確定した。

ところで職務代行者の報酬及び費用は広義の訴訟費用と考えられるところ、右判決により訴訟費用の負担者は被控訴人たる仮処分申請人鈴木喜久江であることが確定しているのであつて、この点につきこれと異なる決定を第一審裁判所たる神戸地方裁判所篠山支部が決定をすることはゆるされない。

(2)  仮に代行者の職務執行が仮処分決定の執行でありその報酬等は仮処分決定を執行する執行費用と解するとしてもその負担は次のとおりすべて申請人鈴木の負担となり被申請人たる会社が負担することはありえない。

即ち民訴五五四条第一項により執行の費用は原則として債務者の負担とされているが同条第二項は「強制執行の基本たる判決の廃棄若くは破棄したるときは其費用は之を債務者に弁済すべし」と規定している。これは債権者は債務名義に基いて強制執行する場合その執行費用は必要な範囲に限り債務者の負担となり本案の請求と同時に取り立てられるが、強制執行の基本となつた債務名義が執行完結後債務名義としての効力を遡及的に失つた場合債権者としては適法になした強制執行であつても何らその根拠がなくなつた結果となり、すでに債権者が債務者より取り立てた執行費用を債権者のもとに留保しておくことは不合理であつて容認できないこととなるので債務者に弁済すべき旨を規定しているのである。

このことはすでに執行費用が取り立てられている場合に限らず本来の債務名義と別に執行費用の負担を考える場合も同様に考えられるべきである。

即ち本件でいえば代行者の選任を命じた仮処分決定は前述のとおり大阪高等裁判所で取消され仮処分申請は却下されているのであり代行者選任の仮処分は遡及的にその効力を失つたことになる。従つて代行者の選任そのものも本来必要でない執行をしたことになり何ら根拠のない執行となるのであつてその費用を債務者たる合名会社に負担させることはありえない。

従つて裁判所が右規定に反していずれが負担者であるか決することは許されない。

以上いずれの点からみても本決定は違法であり取消されるべきこと明らかである。

第二本決定は前記のとおり手続の違法があるがその報酬額、必要費用額等の内容についても次のとおり不当である。

(1)  報酬額について

本決定は昭和四六年七月五日から昭和五〇年二月末日迄の間における代行者の報酬を一五〇万円と定めている。

しかし前述のとおり代行者は大阪高等裁判所の判決の確定により昭和四九年三月一五日代行者の地位が消滅した。従つて代行者の報酬は昭和四六年七月五日から右昭和四九年三月一五日までに限られるべきである。

(2)  必要費用について

本決定は代行者の必要費用として決定書別紙計算書記載の合計一、六三五、〇〇〇円を認めている。

ところが右費用のうちには代行者が債権者となり債務者臼杵好秀らに対してなした神戸地方裁判所篠山支部昭和四八年(ヨ)第二、三、四号事件の訴訟費用又は執行費用及び立会人中石昭夫氏や弁護士村上洋二氏への報酬までふくまれている。

しかしながら右各事件の費用が本件昭和四六年(ヨ)第二号事件の費用として処理されるべきかについては大いに疑問である。

更にまた代行者のなした右昭和四八年(ヨ)第二、三、四号仮処分事件は本来必要性のない違法のものであり、かつ代行者が社員の同意をえず独断専行した違法のものであつた。即ち職務代行者の権限は、被代行者権限の範囲内であることは勿論であるが、本件被代行者が常務外の行為をなすについては、業務執行社員の過半数の同意を得て行わなければならない。

ところで、職務代行者のなした訴の提起、仮処分の申請等は被申請人会社の常務外の行為であること明白であるから、また、それ故にこそ職務代行者はそれらをなすについて裁判所の許可を得ているのであるから、職務代行者としては、常務外の行為をなすについての業務執行社員の過半数の同意を得て行なわなければならない。

職務代行者の場合、右同意に加え裁判所の許可が必要となるわけである。裁判所の許可と業務執行社員の同意は双方共必要であり、許可があれば同意が不必要になるものでもなければ許可は同意に代るものでもない。

しかるに本件職務代行者は裁判所の許可は得ているものの、被申請人会社の社員であり、業務執行権を有する臼杵好秀、臼杵禎子のいずれの同意をも得ないまゝ右訴提起等を独断専行しており、これらは明らかに不適法な行為と言わねばならない。

なお、被申請人会社は事実上企業活動を長年停止しており、固定資産税等の支払を除けば経費の支出も殆んどない。

従つて本件職務代行者の為した如き多額の費用を要する訴提起、仮処分の申請等はその費用の額の点だけからみても被申請人会社にとつて常務でないことは明らかである。

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